ご予約・お問い合せ

ご宿泊043-296-1122

ラ・フォ-レ043-296-1255

ご宴会043-296-1180

桂翠043-296-1126

ご婚礼043-296-5031

「海浜幕張」駅より徒歩3分!
安心価格の気品あふれるシティホテル

施設・サービス

気品あふれる新都心のオアシス

ホテル概要

ホテルの名称

ホテルグリーンタワー幕張
HOTEL GREEN TOWER MAKUHARI

所在地

〒261-0021
千葉県千葉市美浜区ひび野2-10-3

TEL

043-296-1122<ご宿泊予約係>

FAX

043-296-1125

料金

サービス料10%/消費税8%

イン・アウト

チェックイン  15:00
チェックアウト 11:00

規模

客室総数205室(収容人数440人)

スタンダードシングル75室 / デラックスシングル10室 / デラックスダブル3室
/ スタジオツイン30室 / エコノミーツイン20室 / スタンダードツイン60室
/ デラックスツイン3室 / スイート2室 / 和室1室 / ロイヤルスイート1室

客室備品

液晶フラットTV、冷蔵庫、シャワートイレ、電話、LANケーブル(客室インターネット無料)、
湯沸かしポット、ナイトウェア、スリッパ、シャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、
歯磨きセット、レザー、綿棒、シャワーキャップ、ヘアブラシ、バスタオル、フェイスタオル、
ハンドタオル、ヘアドライヤー

[フロント貸出品]
アイロン、ズボンプレッサー、電気スタンド、加湿器、空気清浄機、Wifiルーター、
DVDプレーヤー、医療品(体温計、体重計、アイスノン)
※お薬はフロントまでご連絡ください。

会社名(運営会社)

株式会社 グリーンタワー

ホームページ

http://www.greentower.co.jp

開業年月日

1991年6月25日

身障者設備

トイレ

駐車場

200台収容可能 ※200円/20分
※宿泊者1泊につき1000円。

交通

JR京葉線 海浜幕張駅より徒歩約3分
JR総武線・京成線 幕張本郷駅からバスで15分
【東京方面】
東関東自動車道 湾岸習志野I.C.から5分
【千葉方面】
東関東自動車道 千葉I.C.から5分

設備サービス

フロント、レストラン(和・洋・中)、
ロビーラウンジ、完全予約制バー、
宴会場、会議室、障害者用トイレ、
禁煙ルーム、売店、コインランドリー、
自動販売機、製氷機、クリーニングサービス、
モーニングコール、宅配便サービス

クレジット

JCB、Diners Club、VISA、DC、UC、American Express、NICOS、SAISON、OMC、AEON

お土産屋

コンパクトな店内にはバリエーション豊富な品揃え
千葉のお土産、名産品がズラリ!
1Fのお土産「おみやげKINGDOM」でご家族・ご友人への気持ちをカタチに。
​品揃えが充実してるので、是非お立ち寄りください。【年中無休】
営業時間
【平  日】9:00~15:00/17:00~20:00
【土日祝日】7:30~20:00

絵画展示

時田 直善

房総の自然をこよなく愛し、多くの名作を生んだ千葉県を代表する日本画家。

直善氏は、明治40年に市原市(旧五井町)の足袋製造業者の家に生まれる。
関東大震災のあった大正12年、17歳のとき、足袋布裁断機で両親指を切り落としてしまう。
父親は、針を持てない手を見て、「足袋屋はできない。絵でもかかせるか」と嘆息した。
しかし、これを聞いた直善氏は、これで好きな絵がかけると踊り上がって喜んだという。
親指がないハンディキャップを抱えつつ、大正13年、川端画学校日本画科に入学する。
その後の努力は大変なものだったと想像されるが、昭和元年、川端画学校を卒業、その後、蔦谷龍岬の鐸鈴社に入門し昭和2年まで画学に励んでいる。
昭和3年より、千葉市吾妻町で時田洋品店の経営にあたったが、商才を発揮し、意表をつく商法で営業成績を伸ばしていた。

昭和11年、千葉県美術協会の発足と同時に会員となるとともに10年ぶりに絵筆を執り、同年に開かれた第1回千葉県美術協会展に、何気なく描き上げた「鵜の森」を出品する。
この作品に対する評価は高く、引き取りたいという人も出てきたということである。
直善氏の、画業への思いは再び燃え上がり、同年、第8回青龍社展に寝る間も惜しんで描き上げた「浜上がり」を出品し、初入選を果たした。
その時、川端龍子は、「・・・・・波荒き外房の動的なものと対照して、その平和な静的の漁村の娘にも迫っている逃れられない生活苦―婦女題材のうちにそういった同情を向けての画因だ」と、高く評価している。
また、龍子は、堂々「時局的なものに敏感であれ、生活の中から題材を得よ」と主張しており、
直善氏の絵はまさにその実践となったのである。

昭和12年、結婚を機に習志野市津田沼に転居し、アトリエを構え創作活動を本格化させる。
その後、青龍社の四天王と称されるようになった活躍は、略歴に記載したとおりである。
龍子の死後、昭和42年、東方美術会創立の中心的人物として参加し、活躍の場を移していくとともに画題も「富士」「鯉」へと変わり、普遍的な日本画の美を追求していくことになる。
昭和47年に発表された「悠遊」は、65歳となった氏の画境を語るものなのか、2尾の鯉が
澄み切った水の中を悠然と泳いでいる。自然、時の流れに身をゆだねる氏の泰然とした姿を彷彿とさせるものである。

晩年の直善氏は、「トキ」へと傾注していく。「あんな立派な顔の鳥はいない。絵の中で永遠に生きてもらいたいから心臓まで描かなくては」と、氏は語っている。
滅び行くものへの愛惜の念がにじみでている。生あるものは滅する運命である。
しかし、絵の中で永遠を表現する。
氏の絵画に対する思い、自負を感じさせることばである。老いても絵に対する情熱をほとばしらせ、アトリエで一心不乱に絵筆を走らせている氏の姿を想像させる。

平成12年、93歳で亡くなられた直善氏の絵の変遷は、氏の精神的な変遷を物語っている。
卑近なものの存在への関心から自己の内面へと、そして自分自身の使命へと、一人の人間として到達しえる理想の姿を表しているのではないか。

時田 直善 画伯のホテル所蔵作品

勝 鬨

昭和19年(第16回 青龍社展)

鵜 原

昭和41年(第25回 青々会展)

瑞穂の富士
(忍野)

昭和46年(第5回 東方美術展)

昭和46年(第5回 東方美術展)

春 苑

昭和52年(第11回 東方美術展)

稲負鳥

昭和60年(第14回 東方美術展)

池の花

平成元年(第23回 東方美術展)

一 体 泳

平成 3年(第25回 東方美術展)

彩湖廻鱗

平成 7年(第29回 東方美術展)

池の花(平成元年)

時田 尚武

昭和18年

千葉県習志野市に生まれる。

昭和45年

父 直善に師事。

昭和48年

第7回 東方展に初出品。以後毎年出品。(受賞5回)

昭和63年

第10回山種美術館賞展に出品。

平成19年

第3回龍子記念館賞受賞。

現 在

東方美術協会会員。

時田 尚武 画伯のホテル所蔵作品

房総の海女

昭和57年(第16回 東方美術展)

富 嶽

平成元年(個展)

出 陣
(馬 祭)

平成22年(秋の東方美術展)

洋 蘭

平成13年(個展)

上田 広(時田 尚武 画伯夫人)のホテル所蔵作品

平成25年 (第63回 新興展)